我々は、生きているのではない。
生かされているのです。
なるほど。
人はついつい傲慢になり、すべて自分たちがコントロールしているように、錯覚してしまう。
いかんことだ。
ということで、もしかしたら、自分がコントロールしているつもりが、コントロールされているかもしれないという視点で、生活してみた。
例えば、乳母車。
よくお婆ちゃん達が押して歩いているのを見かけるが、あれはもしかしたら、乳母車がお婆ちゃんを誘導しているのかもしれない。
油断していると、ハーメルンの笛吹き男みたいに、街からお婆ちゃんが神隠しのように、いなくなってしまう可能性がある。危険だ。
他にも、ヘッドフォン。
通勤時、若者を中心に、大きめヘッドフォンを頭に付けているのを見るが、あれも見方によっては、ヘッドフォンが人を挟んでいるようにも見える。
もしそうだとしたら、音楽に気を取られている間に、UFOキャッチャーみたいに、そのまま空中に持ち上げられてしまうかもしれない。
悪いことをしたら、お師匠様の指示のもと、頭を締め上げ始めるという危険も。
あと、そういう意味ではリュックも同じだ。
アシモみたいに大事な命令が全部背中のパックに入っていて、外したら動かなくなってしまう人がいるかもしれない。
人によっては、おたまじゃくしみたいに、リュックから手足が生えているケースも確認できるかも。
・・・
妄想が日常を2倍楽しくする。
先日も、ドラゴンクエストのサントラをiTunesでDLして聞きながら生活してみた。
何度かまわりを敵に囲まれて逃げ出せなくなった。
マルシゲで種の詰め合わせを買って食べたので次はなんとかなる気がする。
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生かされているのです。
ラベル: Work-literature
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